2014年1月13日月曜日

出張の道中の楽しみ(1)



 釧路は、どこに行くのも遠い。大学の本部がある札幌に行くにも、JR北海道の「汽車」で行くならば、片道4時間以上かかる。新幹線の「のぞみ」ならば、東京から広島まで行ける時間である。 注)決して距離ではない。


 以前は、この時間がとても苦痛であったが、今は「読書の時間」と割り切って、その時間を楽しむことにしている。途中、峠があるので私が使うモバイルは接続されない。パソコンを開いてもとりわけ左右への「揺れ」が激しいために、文書を打っているうちに酔ってしまう。読書か、寝るかしかないのである。


 今日もある会合で、知人から「大学の先生は本を読むのが仕事だけど…」と言われた。そのとおりと思うが、今の大学の現場は、4時間まとめて読書に使う時間などとれない。そのような意味でも、移動の時間は貴重であり、楽しみなのだ。

 一方、汽車(繰り返すが、電車ではない)がないところへの移動は、自動車を走らせるしかない。その道中の楽しみは、一人ならば音楽を聴いて思想にふけり、同乗者がいるならば「おしゃべり」である。教育大釧路校の特徴的な教育活動の一つである「へき地校体験実習」では、われわれ大学教員が根室・釧路・十勝管内の各学校、教育委員会にたびたび足を運び、教育実習の調整を行う。その道中、同僚との、また学生との会話は、ふだんそのようなかかわりが少ないだけに楽しいのである。…大学の現場は、同僚や学生とたわいのない会話をする余裕が、物理的にも精神的にも奪われている状況にある。

 おととい、釧路民間教育研究団体連絡協議会(略して釧民教・せんみんきょう)の第102回研究集会に参加するため、標茶町茅沼温泉に車を走らせた。体調があまりよくなかったので、分科会だけの参加ではあったが、大学院生のオオヤくんと片道1時間弱の道中をともにした。

 オオヤくんと私は、彼曰く「6年の腐れ縁」という関係。学生から腐れ縁と言われたのには驚いたが、確かに彼が学部1年の時から大学院2年の今日まで指導を担当してきた。私は、彼に対して、政治のこと、社会のこと、今の若者のことなど、いろいろと率直に話ができるし、彼も私に対してはある程度素直に話してくれる。たとえ私と考えや意見が違っても、しっかりと自分の考えを表明してくれる、数少ない手ごたえのある学生の一人だ。

 この数か月、私たちの二人の会話は、修士論文作成にかかわることばかりだったので、この日はあえて違う会話をしてお互いの気分転換をしようと思い、最近の沖縄のこと、福島のこと、秘密保護法のことなど、ざっくばらんに話した。

 
【会話の中で…】
 トダ「授業でも、学生たちにこんな話をするけれど、なかなか自分事として考えてはもらえない。どうしてかな?

 オオヤ「……いや、自分もそうですけれど、興味がないわけではないですけど、"自分のこと"で精一杯なんじゃないですかね。自分のことで…」

 トダ「そうか…、そうだよな。 日々、自分のことで精一杯だよな…」

 思い出してみると、自分の学生時代も、自分の日々の生活のこと、離れて生活していた家族のこと、自分の進路のことなどを考えるのが精一杯で、社会の問題やそれが自分の生活とつながっていることなど、あまり考えてはいなかった。そんな自分のことを忘れ棚に上げて、また今の学生のしんどさに共感もせずに、何かを偉そうに言っている自分に気づかされた。
 またまた、オオヤくんから学び、気づかせてもらった瞬間だった。こうやって、学生から学ぶ機会があるから、しんどいことも多いけれど、なんとかかんとかこの仕事を続けていけると思う。
 ここに永六輔『大往生』(岩波新書)で読んだ「妙好人の歌」を引用する。

「子供叱るな来た道だもの
 年寄り笑うな行く道だもの
 来た道 行く道 二人旅
 これから通る今日の道
 通り直しのできぬ道」


 
成人の日に際して…
 「成人したみなさんへ」
 
 いま、皆さんが生きやすい社会をつくれなかった責任の一端を、大人の一人として痛切に感じています。申し訳ありません。
 今後、成人として、この社会の主権者の一人として、誰もが健やかに生活できる社会をつくっていくことに参画してくださることを、一緒に取り組んでくださることを期待しています。
 その時まで、ぼちぼち待っています。