2014年1月7日火曜日

みんなの夢まもるため…


「がんばれ!」「がんばって!」と他者にかけられる励ましの言葉。
 陸上競技の仲間にかけたことはあるけれど、大学の教員として勤めてきた13年のあいだ、学生に対して使った記憶はほとんどない。否、意図的に使ってこなかったという方が表現としては正しい。
 他者が「がんばれ!」と言葉を発する時、すでにその人はがんばって、がんばってギリギリのところにいる「かもしれない」。だから、自分は容易には「がんばれ!」と励ませない。そう考えるのは、自分にそのような経験があったからだ。
 励ましてくれているのに、善意で言ってくれているのに、「これ以上、どうがんばればいいの…」と泣きたくなったことが何度かあった。私と同じように、がんばらなければならないことがわかっているがゆえに、「しんどい」と言えない人たちがいるのではないかと考えてしまうのだ。
 本州に出て、学んだことの一つに「ぼちぼち」という言葉がある。恩師の一人である近藤直子先生から学んだ。近藤先生からは、今の研究者生活に繋がるたくさんの事柄を学んだはずなのに、自分にとって一番大切な学びは、この「ぼちぼち」という言葉だった。
 では、それを学んだ自分が、この言葉の意味することを他の言葉に置き換えることができるか。そして自ら実践できているかと問われれば…いずれも否である。私にとってはそれくらい、かけがいのない表現であり、貴重な言葉なのだ。
 最近、特に「ぼちぼち」という言葉を他者に対してよく使っているようだ。それだけ、私のまわりが大変そうに見えるのか。それとも自分のしんどさを他者に投影して「ぼちぼち」という言葉をかけてしまうのか。いずれにしても「こちら側」としては、言葉をかけるならば、ぼちぼちの方が座りがいい。




 東日本大震災後、2度ほど岩手・福島を中心に歩いた。「自分にできることは何か」を考え、講演活動や教育相談などをお引き受けしてきた。
 東北のいたる所で、やなせ・たかしさんが描いたアンパンマンのポスターや色紙を見つけた。宮古市のある会館で見た色紙には、アンパンマンが飛んでいる姿の横に、やなせさんが作詞した歌の一節が記されていた。

「おそれるな がんばるんだ
 勇気の花がひらくとき 
 ぼくが空をとんでいくから
 きっと君を助けるから」

 私に向けられた言葉ではないけれど、アンパンマンから発せられる「がんばるんだ」の言葉にまったく違和感はなく、私も素直に励まされた。
 (置かれている状況の差はさておき)…がんばれと言った人によって、それが誰かによって、言われた側の受け止め方は違うんだ。あのアンパンマンに「がんばれ」と言われたならば、私ならぱとても嬉しい…ということに気づいた。

 私が生まれた1976年、やなせたかしさんが「あんぱんまん」(フレーベル館)という絵本を出版した。
 以下、この本の「あとがき」を引用させていただく。



「あんぱんまんについて  やなせ・たかし」

「子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
 ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。
 あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
 さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。」

 
 
 大学の教師としての私。臨床の現場で、多くの子どもたちとふれあう私。
 私もアンパンマンになれるかな……。なりたい!!

 
 さて、前段がとても長くなりましたが…
 昨年亡くなったやなせ・たかしさんのドキュメントが、NHKで再放送されます。

 いま、このな時勢だからこそ、多くの方に見て欲しい。
 そんな願いを込めて、投稿します。
  
 

※番組紹介
 【再放送】201419()午前040分~129分(8日深夜)