2014年7月4日金曜日

迷いながら…


 「釧路の子どもたちの生活現実と安心できる居場所づくり」

 明後日、私が講演する演題である。主催者が決めて、私が了解した。
 2時間をどのように構成しようか。前々日になっても、まだ見えてこない。

 私にとっては、たいへん重たいテーマである。スクールカウンセラーとして、あるいは特別支援教育巡回相談員として、子どもたちと向き合えば向き合うほど、そこにある「現実」は私を苦しめる。
 いや、最も苦しいのは、私ではないのだが…。

 いつも迷いながら、悩みながら、子どもたちと向き合っている。
 
 子どもたちからは、「えーっ」て声がするかもしれない。


 そう、今日、あるいはこないだお話をした戸田先生は、顔には出さないけれど、言葉にはしないけれど、君と同じように悩んでいるんだよ。君と同じく、どうしたらいいかなんてわからないんだよ。
 だけど、そんなこと言ったら、君はもっと不安になるだろう。だから、「いわないだけ」。
 わかっているふりをして、「どーんとこーい」と堂々としているふりをして、実はぐらぐらと揺れている。君に「ぼちぼちね」なんて言いながら、実はその言葉を誰かに言ってほしいのは私自身かもしれない。
 君と一緒に揺れながら、一緒に悩みながら、そんな時間をちょっとだけともに過ごして、やっとこ「とりあえず」の方向性を考えている。
 この方向性も、もしかしたら間違っているかもしれない。でも、一緒に悩んだ君と私とで、「ちょっとだけ前に進んでみよう」という勇気がわいてくるんだ。またまた転んじゃったら、その時に一緒に考えればいい。
 こんな弱い私を、君は理解してくれるだろうか。また、おしゃべりに来てくれるだろうか…。


 私がアドバイスしたことが、本当に彼にとって「良いこと」なのか、実は私にもわからない。無理にアドバイスとやらをひねり出さず、大人に対しては「私にもわからない」と言う。大学の教員になったとき、「わからないことをわからないと言える教師になろう」と決めた。

 わからないまま、日々を過ごす。
 わからなくても、もやもやしていても、そこにつながる他者がいてくれた時、なんとかやっていけそう。明日も、明後日も、なんとかかんとかやっていこう…。